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エンディングノート(Part1)

父親が亡くなった年齢と母親が亡くなった年齢を足して2で割った数が、自分の寿命予測だと、ある人が言っていました。

なるほど、根拠の定かは別として、それもひとつの興味ある見方ではある。であれば、できるだけ長生きしてやるのが子の寿命を延ばすことになるのですが、それには、子にできるだけ負担や迷惑掛けずに老いなければならないという課題が残ります。

元気が一番、ボケることもなく寝込むこともなく、ある日、ぽっくり大往生できるにこしたことはないでしょう。

子供の頃、若い内は、祖父母や父母が防波堤となって、堤の先に広がる、此の世に生あるもの全てに訪れる死海というものが目に留まることはありません。
しかし、子供から大人へ、自己の成長とももに祖父母の存在は消え、歳月の経過は、やがて父母の肩越しに穏やかに広がる死の海が見え隠れするようになります。
まるで他人事のようであった我が身の「死」という存在が、やがて徐々に現実味を帯びてきます。

加齢とともに、周りに同世代がポツリポツリいなくなり、体力の衰えや病はその日一日生きる気力を削ぎ、趣味も目標も持たなければ、生きることの魅力は失せ、やがて死というものへの、自然な心の準備と受け容れ態勢をとれるようになるのではないでしょうか..