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pure

一年の一瞬、桜の季節も後方に去ってしまう。

しかし、季節は律儀だ。
春はまた来年も再来年もやってくる。
巡る季節を味わうことのできる日本に生まれたことを有難く思う。
 

歳取っても若い人、若いのにすでに年寄りがかかっている人。
金と時間に余裕あれば外見を整え、物質欲を満たすことはできる。
しかし、幾ら表面を満たしていこうとも、心までを充足感で覆うことはできない。
若さと老いの違いとは、その人に存在する心の在り方だろうと思う。

 

如何に権力を持とうと、人の心までを支配することはできない。
ダークに心寄っては人生の真実から離れていく。
いくら際限なく物質欲を満たしていこうと、心の空虚感を埋めることはできない。

 

林立するビル群、不夜城の歓楽街、置いてけぼりの瓦礫の山、
広がる海原水平線、喧騒の先を視界に捉えることはできない。
しかし、その先地球の裏側には、近代文明に流されることなく自然と共存しながら、朝日を見、沈む太陽を眺め、その日を大切に生きる人もいる。

 

氾濫した便利さに、尚足るを知らない人達は、昇る太陽も青空も白い雲さへも忘れて生きている。
有難さはそこら中に転がっているのに気付きもしない。

 

人における若さとは、人生における真の価値や感動を知り、決して失くすこともない、ピュアな部分の差異に他ならない。

 

春がきて夏が来て、秋になり冬の季節となる。
季節は実に律儀で変わらぬピュアな心で四季を巡らせる。

 

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