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律儀~三吉慎蔵

長府藩士、三吉慎蔵は実に律儀な男だ。

1866年1月、坂本龍馬と共に居た寺田屋で、捕り方に踏み込まれた慎蔵は、得意の槍で応戦。負傷した龍馬を助けたのです。
慎蔵いなければ、龍馬のその後はなかったでしょう。
その龍馬に慎蔵は、意気に感じて接していたようです。
 

翌慶応3年(1867年)、長崎から土佐に向かう途中で下関に寄港し、妻のお龍を知り合いの廻船問屋に預けた龍馬は、「我が身に万一の場合は、お龍のこと宜しくお頼み申す」と、後事を朋友慎蔵に託しました。

同年11月、京都大近江屋で暗殺された龍馬。
三吉慎蔵は、約束どおり、お龍を自宅に引き取って3ヶ月間面倒を見た後の翌年、お龍を高知の坂本家に送り届けたのです。

私の母校の前身、萩明倫館でも学んだ三吉慎蔵。
私は慎蔵のような人物が大好きです。
理屈は要らない。正に意気に感じる。

人物を観る時、私は、この律儀さ度合いを推し量ります。
仕事においてはトップ、後継者、幹部達責任者の立場の人。
友においてもそれは言えます。
私利私欲、姑息でなく信頼に足る人物。

明治生まれの亡き私の祖母。
遠縁の養子となった父だから、私と祖母は血の繋がりはありません。
子供の頃から祖母があれこれ私の世話をしてくれました。
その祖母は、貧しく苦労して育ち、子供の頃は子守の奉公に出、ろくろく読み書きを学んだことはなかったようです。

やがて酒問屋の妻となって、自ら算盤も覚えていったとのこと。
しかし、早くして夫を亡くし、子供もいなく、遠縁だった私の父が養子になったのだとか。
その後も、我が家ではあまり大切に扱われたようでもなかった。
我々の世話をするばかりの、いいとこなしの祖母の人生を、子供心に不憫に思っていたものです。

その祖母が、先祖の墓参りの時に、一人墓を離れ墓所の隅に必ず行くのです。
其処には、ただ粗末な石を積んだだけの名もなき墓石がありました。
誰一人訪れることのないようなその墓石。
祖母はいつも其処に花をたむけ水をやり・・

その墓石は、夫が営んでいた酒問屋で働いていた使用人のものだったのです。
亡くなって何十年もの間、心を思いやり続けていた祖母。
身寄りのないその、かって使用人だった束の間の縁を大切にしていた祖母。
私は、一言もそれについて交わすこともなく、しかし、子供の時からその祖母の光景を、温もりをもって、私の心に捉え続けていたのです。

人間は心意気。
できれば、意気に感じる人間と交わっていきたいものです