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人間とは(その1)

 日本は実に平和な国です。

巡る四季の様に穏やかで、全てを奪われるような困難にも、再び手を取り合い笑顔で立ち上がる辛抱と忍耐の心。
他国に比べても稀有な国民性は、誇りとともに、此の国に生まれて良かったと改めて思わせます。 本来そうであるはず。殺伐となりゆくような現代社会をやや憂いながらも、テレビ画面に映し出される、悲しみの中でも決して折れることのない人々の顔に、一縷の希望を保つことができるのです。しかし、一旦世界に目を向けると、人間はなんと愚かで傲慢で冷酷なのだろうとも思うのです。
その歴史において、悠久の時を経ながら、どれ程進歩したというのでしょうか。
地球上に誕生して間もない頃、石で火を熾し、日の出に目覚め、その日を生きるだけの狩をし、家族の笑い声で過ごす一日を日没と共に終える。
実に平和な空間は、やがて物に事に、欲する域を越えて延々と終わらない争いの歴史が刻まれてきたのです。

人間は本来良心を持ち、根っからの悪人はいない。
ごもっともであるが、その考えは、此の地球上に存在する全ての頂点に立つとする側からの驕りに他ならないと思うのです。

人の心には、善も悪も存在する。
完璧な善人はいない。
あのキリストや釈迦であってもそうであり、だからこそ悩みの中に真実を見つけようと苦悶と葛藤をしたのです。

しかしながら、悪側に立っては何も始まらない。
やはりそこは、性善説に立ってこそ、この世においての、人間に与えられた、壮大なる探求の場となるのです。

此の国にいては遠くの事として感ずる事もない殺戮、虐殺、そして時代錯誤的慣習等々。
人間は、いかにこうも冷酷であり得るのか・・