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占いの店先にて

黄昏時の商店街を車で抜ける帰り途。

小さく看板をあげた一軒の占いの店の前で、しばし立ち止まり、店頭に掲げられた箇条書きを見つめている若い女性の姿が目に留まった。


恋のことか、仕事の事か、
人それぞれ、悩みはつきないものだし、その内容も捉え方の度合いもまた違う。

ひとつの言葉がきっかけとなり、その人が元気になればそれでいい。
人一人に希望を与えることができるなら、それはそれで価値を持つ。

しかしながら、占いの類を否定はしないが、巷の宗教を含め、一切を包括してしまう世の真理が解れば、運勢というものは、決して他人に委ねるものでなく、自らを主として手元に置けるもにのあることに気づけるだろう。

人生に悩みは尽きない。
私もまた同じ。
随分と長い間、正道と不条理の狭間で悶々とした時期があった。
もちろん、堂々と生きながら、しかし、浮かばれない人のなんと多いことか。

やがて少しばかり、根本実相を知り得た時、全てが理解できた。
そして勇気づけられた。
人生において悶々としてきたもの。

世の中に真の不公平などないということ。

当然といえ、世の天秤にかけられるのは、肩書き、能力でもなく財産の多寡でもなく、人の心であること。
不変の真理だ。

一過性の希望でなく、永遠不滅の希望を手に入れること。
此の違いは大きい。

例え今日不幸と思っても明日には幸せになれるチャンスがある。

今失敗しても、気づいた瞬間に挽回できる。
何度でもやり直し可能なのが人生。

殺界や、運周期を待っていれば人生の日が暮れてしまう。
坂本龍馬が、
「今年は厄年、だから薩長同盟に動くのは時期が悪い」
など言っていたら話にならない。

何時においても決してめげず、転んでの立ち上がり、明るく前に向く心に天は微笑む。
心の真実はお見通しだ。
運周期を超えて天は味方するもの。

黄昏どきの占いの店に立つ若い女性。

私は車で通り過ぎながら、
「頑張って!」と心のなかで声を掛けた。