ブログ

現代社会

世において、倫理観というものが益々広く薄らいでいっているような印象を受けます。

魂のレベル差によってなかなか噛み合わないのは、個人も国家も同じ。
しかしながら、これ程自己利優先が蔓延している日本をかって見なかったような気がします。
善悪、良心の判断基準の針を真ん中にして、雪崩れ込む様に自己利に傾いたグレーゾーンを平気で生きている。

ドラマや小説の中では、物事、そして人の是非が生きて、正しきことと善人は成立しても、現実はグレー的多勢の中に飲まれている様相を呈しています。
人間には、表面を取り繕いながらの、冗舌と立ち回りの巧さの奥に潜む、狡猾さもしたたかさも多々あるわけです。
正にあの「半沢直樹」的世界は何処にも存在しているわけです。

 

人としての信頼は、やはり、良心に照らしたその人の善悪の判断基準がどうであるかを観るべきでしょう。
心の大切な部分が観れる人は、その、人のずるさに憤りを抱き悶々とした感情に囚われもするのですが、人の心根というものはなかなか変わるものでもありません。
又、同様の類似魂が集まる場では尚居心地悪くなるわけです。

 

しかしながら周りが如何なる状況にあっても、自分の心の羅針盤の針は正しく触れるようでなければなりません。
仕事も人との交わりも、美味い酒の席も、魂が落ち着く場所の選択が大切です。
例え小さくとも、良心の総和に希望を繋ぐことです。