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此の世に天才はいない

 
クラシック「運命」のベートーヴェン、現在においては盲目のピアニスト辻井伸行さん、数年前、奇跡の歌姫として脚光を浴びたスーザン・ボイルさん、あるいはイチロー。
その他、過去から現在まで、世には、いわゆる天才と呼ばれる人達を数多く見ることができます。

努力という言葉はあったとして、これら、人に天才というものはない。
私はそう思うのです。

幾ら才能に恵まれ、あるいは神童と注目され勉学に優れそれなりの地位、名声を得たとして、其処には少なからず「努力」というものが見え隠れしている。
同時に、その才能に素養、人格というものが寄り添わなければ決して「天才」と称されることはないでしょう。

又、これら多くの人とは別格の人達の存在が特別ということでもないのです。
彼らは皆、そうあるべきとして此の世に生まれてきた。
歌手は美声で人の心を幸せにし、スポーツ選手はスポーツ選手で、その姿で観るものを感動させてくれます。
あるいは、不幸にも障害を持って此の世に生まれた人が、明るく懸命に立ち向かう人生に深く考えさせられます。

人は誰しも大いなる役目を担って此の世に存在する。
軽々に言うつもりはないけれど、であるならそれは、例え何も取り柄がないと思っている私や貴方も存在意義は十分にあるわけです。

名もない小さなショップの店員さんが、飛びっきりの笑顔と優しさと思いやりを持った人なら、
その笑顔は、接する人の心に幸せを与えているかもしれないのです。
あるいは看護師さんの一声は患者さんに勇気を。
其処においては、特別の人も普通の人も同じ位置での存在意義の中で生きているわけです。

此の世に「天才」はいない。
いるとすれば、必ず其処に後ろ盾としての「努力」「人格」が存在する。
即ち、心に共鳴し感動を呼ばない「天才」というものはあり得ない。

全ての人が持つ、此の世における存在意義。
それは特別な人達とも同じということ。

では、今日、その生き方で、小さな我の「天才」となろう。