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会見の場

 会見にも様々ある・・記:2010年06月26日

お粗末さばかりが目に付く、さして驚きもなくなってしまった昨今の謝罪会見。
しかし地に堕ちた国技。
いくら訊ねても暖簾に腕押し状態。
責任者は全員だんまりを決め込み黙して語らず。
責任感も反省も誠実さも感じない会見の場。
虚しさだけが漂います。

今から13年前の事。
1997年11月、破綻した山一證券の、自主廃業発表会見の場を記憶されている方も多いでしょう。

山一最後の社長、野澤正平さんが顔をくしゃくしゃにしながら涙ながらに

「みんな私ら(経営陣)が悪いんであって、社員は悪くありませんから! どうか社員を応援をしてやってください。優秀な社員がたくさんいます、お願いします、私達が悪いんです。社員は悪くございません」

社長就任してわずか3ヶ月。
前社長らの尻拭いをさせられた格好の、野澤氏には予期せぬ33年勤め上げた山一での終末でした。

男泣きの彼の会見の場を、「男が涙して」と嘲笑できるでしょうか。
TV画面に繰り返し流される涙顔を、「なんとみっともない」といえるでしょうか。

その後も数々弁明の場を見ながら、それらが一応に虚しさを持つ中で、野澤さんの謝罪会見は、少なくとも様々なる想いと内心の誠実なる吐露として、私は大いに共感を覚えるのです。

人は、いくら知識やスキルで心を装おうと、伝わるものと伝わらないものがあります。
饒舌であろうと寡黙であろうと、地位や肩書きがあろうと、それらは人としての大切な場面において何ほどの価値を持たないということ。
判る人には判るもの。

野澤氏はその後も、自ら社員の履歴書を持って求職活動に尽力したと伝えられます。